平安前期。紀友則は『古今和歌集』の撰者の一人に選ばれながら、その完成を見ずに世を去ったと伝えられる歌人です。いとこの紀貫之とともに、優美で技巧を凝らした王朝和歌の世界を築いた中心人物のひとりでした。
うららかな光に満ちた、のどかな春の日。それなのに、どうして桜はこんなにも落ち着かない様子で散り急ぐのだろう——穏やかな日和と慌ただしく散る花の対比に、「もう少しゆっくりしていけばいいのに」という、花を惜しむやさしいまなざしが込められています。
原歌の問いを、せわしなく駆け抜けてしまう現代の私たちに重ねました。立ち止まる暇もないまま走り続け、気づけば季節は過ぎている。「慌てなくていい、時間はあるよ」と声をかけても、花も私たちも散り急いでしまう——それでも、急いで散るからこそその一瞬は眩しい。せわしなさを責めるのではなく、そっと肯定する歌です。
柔らかな光が 降り注ぐ午後に
風はやさしく 時はゆっくりと
世界中が息を ひそめているのに
桜だけが 急いでいる
こんなにも 穏やかな日なのに
どうして君は 散ってゆくの
もう少しだけ ここにいてほしい
ひさかたの 光のどけき春の日に
静心なく 舞い落ちてゆく花びら
慌てなくていい 時間はあるよ
そう声をかけても 届かないまま
ひらりひらりと 風に乗ってゆく
こんなに眩しい 春の日に
気づけばいつも 駆け抜けてきた
立ち止まる暇も ないまま今日まで
誰かの春は 穏やかに見えて
自分の春は いつも急ぎ足
こんなにも 光に満ちた日々を
どうして僕は 駆け抜けたの
もう一度だけ あの春に戻れたら
ひさかたの 光のどけき春の日に
静心なく 生きてきた僕らも
慌てなくていい 時間はあるよ
誰かがそう 言ってくれたなら
それでもきっと 散り急ぐのだろう
こんなに眩しい 日々の中で
ひさかたの
光のどけき 春の日に
しず心なく 花の散るらむ
ひさかたの 光のどけき春の日に
静心なく 舞い落ちる花びらは
僕らに似ている 君に似ている
急ぐ理由など わからないまま
それでも美しく 散ってゆくから
こんなに眩しい 春の日に
ひらりひらりと 今日も生きてゆく