清少納言は平安中期、一条天皇の中宮定子に仕えた女房。随筆『枕草子』の作者で、「春はあけぼの」の観察眼と、当意即妙の機知で宮廷に名を馳せた。紫式部が『紫式部日記』で「したり顔にいみじう侍りける人(得意顔で偉そうな人)」と評したほど、才気を隠さなかった人である。
この歌は恋の告白ではなく、**機知の応酬の決め手**である。藤原行成が夜更けに「鶏が鳴いたのでもう帰る」と口実をつけて帰った。翌朝それをからかう清少納言に、行成が「あれは函谷関の故事だよ(鶏の鳴きまねで関を開けた孟嘗君のように、私も鶏に急かされた)」と切り返す。清少納言はすかさず「鶏の鳴きまねで函谷関は開けても、逢坂の関(=私と逢う関)は絶対に開けませんからね」と歌で応じた。**恋の駆け引きを、中国の故事を踏まえた知的なウィットで軽やかに制した一首**。当代随一の才女の面目躍如である。
現代の主人公は深夜のLINEで男の見え透いた言い訳を全部お見通し、軽やかに切り返す。「鳥のそら音(にせの鶏の声)」=見え透いた口実、「関はゆるさじ」=あなたには靡かない、という原歌の構造をそのまま恋の駆け引きに翻訳した。Call & Response(男の言い訳→女の切り返し)は行成と清少納言の応酬の再現であり、Bridgeの「言葉で 誰にも負けなかった人」は清少納言の間接紹介。切ない恋歌が続いたシリーズに、賢くて強い女の軽やかな一曲を置く。
わざと冷たく してみたり
思わせぶりな 言葉ならべたり
どうしたら私が 落ちるのか
その手のうち 見え見えなの
自分は言わずに 言わせたいのね
その魂胆 お見通し
夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
よに逢坂の 関はゆるさじ
どんな甘い言葉 ならべられても
先に「好き」とは 言わないわよ
とろけると思った? 甘いわね
その予想を くつがえすのが好き
軽くかわして 微笑んでみせる
先には言わないから
他の子の話 わざと振って
妬くかどうか 試してるでしょ
そういうとこは かわいいけれど
その程度じゃ 私は動かない
本気になったら 負けだと思って
言えずにいるの 分かってるの
夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
よに逢坂の 関はゆるさじ
焦らして 探って 待たせるくせに
自分は痛まない 場所にいたいの?
古い手も 新しい罠も
とっくに見えてる 千年前から
ひらりとかわして ウインクひとつ
先には言わないから
言葉で 誰にも負けなかった人が
千年の時を こえて笑ってる
機転と誇りで 渡り合った恋を
歌にのせて 今も鳴っている
夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
よに逢坂の 関はゆるさじ
夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
よに逢坂の 関はゆるさじ
そんなに聞きたい 私の答え?
だったら あなたが 先に言いなさい
ほんとは とっくに 決まってるけど
そう簡単には 教えてあげない
この関の鍵は 捨ててないから
あなたが言うまで 待ってるの
関はゆるさじ…… あなたが言うまで……