Garu JP百人一首 / 玉の緒よ
小倉百人一首 第八十九番

玉の緒よ

式子内親王出典:『新古今集』恋一・1034
玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
忍ぶることの 弱りもぞする
玉の緒よ ジャケット

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歌のものがたり

Story

時代背景

式子内親王(1149-1201)は後白河天皇の皇女。10歳ごろ賀茂の斎院に卜定され、10年余りを神に仕えて過ごした。斎院は神の妻に准じる存在——**人と恋をすることが禁じられていることが、職務そのもの**だった。退下ののちも保元・平治の乱から源平合戦へと続く動乱を皇族として生き、兄・以仁王は平家打倒の兵を挙げて敗死。彼女自身は晩年出家し、生涯独身を通した。歌は藤原俊成(定家の父)に学び、新古今時代を代表する女流歌人となった。俊成が歌論書『古来風躰抄』を捧げた相手でもある。

作者の詩に込めた想い

この歌は「忍ぶる恋」の題詠(お題詠み)である。しかし千年間、誰もこれを机上の練習とは読まなかった——恋を禁じられて生きた彼女の実人生が、題詠の枠を突き破って響くからである。静かな呼びかけ「玉の緒よ(私の命の糸よ)」から、突然「絶えなば絶えね(切れるなら切れてしまえ)」と命への命令形が噴き出す。理由は下句にある。生きながらえれば、忍ぶ力の方が先に弱って、想いが露見してしまうから。**普通の恋歌は「想いを伝えたい」と詠む。この歌は真逆で、想いを伝えてしまうくらいなら命の方を終わらせてくれと詠む**——恋の成就ではなく、恋の完全な隠蔽のために命を賭ける。押さえつけられたものほど強く爆ぜる、内圧の絶唱である。

歌詞にこめたもの

本作は前曲「来ぬ人を」(97番・藤原定家)と対になる。この89番を百人一首に選んだのは定家その人であり、後世の能『定家』は二人を秘めた恋の相手として伝える(史実の確証はないが、定家が式子のサロンに出入りした記録は『明月記』に残る)——**「待つ女の歌を詠んだ男」と「忍ぶ女の歌を詠んだ皇女」が続けて並んだ**。

歌詞

Lyrics

玉の緒よ(式子内親王・百人一首89番)/Garu JP

名前を書いて すぐ消すノート

呼びかけたくて 飲み込んだ声

すれ違うたびに うつむくくせに

夢の中でだけ 隣にいる

言えない気持ちが 胸の中で

糸みたいに 張りつめていく

玉の緒よ 絶えなば絶えね

ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

あふれてしまう くらいなら

いっそ命よ 切れてしまえと

声にならない 声で叫ぶ

日記にさえも 書けない名前

書いてしまえば 本当になるから

友達の前で 泣きそうになって

なんでもないよと 笑ってみせた

こぼれないように こぼれないように

心に鍵を かけなおす

玉の緒よ 絶えなば絶えね

ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

気づかれるくらいなら いっそ

この命が 先に消えてと

願う夜を 重ねている

神に仕えた 皇女は

人に恋しては いけない定め

それでも胸に 灯った想いを

祈るかたちで 燃やし続けた

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば

忍ぶることの 弱りもぞする

玉の緒よ 絶えなば絶えね

それでも糸は 切れないで

明日も言えない ままだとしても

あなたのいる 世界にいたい

誰も知らない この恋を

抱きしめたまま 生きていく

忍ぶることの…… 弱りもぞする……

玉の緒よ 絶えなば絶えね

ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

切れないまま 朝が来ても

言えないままで 生きてゆく

この恋が 私のいのち

この恋が…… 私のいのち……

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