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百人一首 第28番・源宗于朝臣山里は

源宗于朝臣出典:『古今集』冬・315
山里は 冬ぞさびしさ まさりける
人目も草も かれぬと思へば
百人一首『古今集』冬寂しさ冬の山里
山里は ジャケット▶

現代語訳

山里は冬こそいっそう寂しさがまさる。人の訪れも絶え、草も枯れてしまうと思うと。

決まり字:やまざ

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歌のものがたり

Story

時代背景

源宗于朝臣は平安時代前期の歌人で、光孝天皇の孫にあたる。皇族から源氏の姓を賜って臣下となったが、官位は思うように上がらず、不遇を嘆く歌を多く残した。三十六歌仙のひとり。この歌は『古今和歌集』冬に「冬の歌とてよめる」として入る。山里は、都から離れた山あいの住まいで、もともと人の訪れが少ない場所だった。

詠み人の想い

「冬ぞ寂しさまさりける」は、山里はいつも寂しいけれど、冬こそいっそう寂しさがまさる、という意味。「かれぬ」は、人の訪れが「離(か)れる」と、草が「枯れる」を一つの言葉に重ねた掛詞。冬になると、目に見える景色の草も、目に見えない人とのつながりも、同時に途絶えていく。訪ねてくる人がいない寂しさを、冬の景色に託して見つめている。

歌詞にこめたもの

この歌に惹かれたのは、「かれぬ」という一つの言葉の中で、草が枯れることと、人が離れていくことが重なっているところでした。故郷を出て都会で暮らし、久しぶりに帰ってみると、待ち合わせた改札も、学校帰りの店も、一緒に過ごした友達も、もうそこにはいない。千年前の山里の冬と同じ寂しさが、今の帰省にもあると思います。けれど、離れていったのは町や友達だけでなく、自分のほうでもありました。会いたいと思える人がいた町だからこそ寂しい。その気持ちを宝物として抱えたまま、止まったままの名前に、もう一度「元気か」と声をかける。そんな冬の帰省の歌にしました。

歌詞

Lyrics

山里は(古今集/源宗于朝臣・百人一首28番)Garu JP

Verse 1

年の瀬 最後の 仕事を 終えて

スーツのまま 乗り継いだ 最終列車

窓に 映る 疲れた 顔に はっとする

あの頃の 僕は どんな 顔で 笑ってた

Verse 2

降り立った 無人の 終着駅

待ち合わせた 通学の 改札

セピア色の 青春が 浮かぶ

みんな 遠くの 街へ 散らばった

Pre-Chorus

閉じた パン屋の 色あせた 看板

秘密基地は ただの 空き地

実家へ 続く 雪の 道に

僕の 足あとだけが 残る

Chorus

山里は 冬ぞ寂しさ まさりける

人目も草も かれぬと思へば

帰れば 会えると 思ってた

何も 変わらず 待ってると

変わったのは 町だけじゃない

離れたのは 僕の ほうだった

Verse 3

卒業アルバムの ページを めくる

寄せ書きの 「また 遊ぼうな」

その 約束を 果たせないまま 何年も

季節だけが 先に 過ぎた

Pre-Chorus

成人式で みんなが 写った 写真

僕だけが そこに いない

帰らなかった あの 冬を

今も ときどき 思い出す

Chorus

山里は 冬ぞ寂しさ まさりける

人目も草も かれぬと思へば

部活の 帰りに 寄り道した

坂の 上の 自販機の 灯り

今も 変わらず ともって いるのに

並んで 飲む 友は いない

Bridge

会えないのは 寂しいけど

会いたいと 思える 人が

この 町に いたことが

僕の 宝物 なんだ

Breakdown Chorus

山里は 冬ぞ寂しさ まさりける

人目も草も かれぬと思へば

自販機で 買った 缶の ぬくもりを

ひとりで 両手に 包んでる

Last Chorus

山里は 冬ぞ寂しさ まさりける

人目も草も かれぬと思へば

古い トークを ひらいて みよう

止まったままの 名前に 向けて

「元気か」って それだけで いい

雪が 溶ける 前に

Outro

人目も草も かれぬと思へば

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