藤原俊成は平安時代末期から鎌倉時代初期の歌人で、定家の父。のちに『千載和歌集』を撰んだ。この歌は二十代後半、「述懐百首」の中で鹿を題に詠んだ一首。同じころ、同世代の西行が出家するなど、世を捨てて山に入る人が少なくなかった。俊成自身はこのとき出家せず、晩年になって出家した(釈阿)。
世の中というものは、逃れる道などないのだ。思いつめて分け入った山の奥にさえ、鹿が悲しげに鳴いている。「思ひ入る」は「思いつめる」と「山に入る」の掛詞。逃げ場を求めて山に入っても、そこにも悲しみの声がある。絶望とも、諦めとも、どこか受け入れとも読める、若い俊成の述懐である。
この歌でいちばん大事にしたかったのは、逃げた先で鹿の声が「聞こえてしまう」ことでした。誰の声も届かない場所を探して逃げこんだのに、そこにも泣いている誰かがいる。それは絶望ではなく、ひとりではなかったという発見でもあると考えました。だから舞台を、夢を笑われて逃げこんだ学校の図書室にしました。本の森の奥で肩を震わせる知らない誰かの涙に、握りしめていた手がほどける。原歌は「道こそなけれ」、逃げる道はないと言うけれど、戻る道ならある。入ってきた後ろの扉ではなく、前の扉を自分の手で開けて、くしゃくしゃの紙をひらき、同じ夢をもう一度指でなぞる。大きな声で宣言しない静かな決意で、歌を結びました。ビートが最初から最後まで一度も止まらないのは、止まってくれない世の中そのものの音です。
世の中よ(千載集/皇太后宮大夫俊成・百人一首83番)Garu JP
五時間目の 教室
進路の 紙を 読み上げられる
「現実を 見ろ」の ひとことに
小さな 笑いが 広がる
くしゃくしゃの 紙を 握って
後ろの 扉を すり抜ける
図書室なら 誰の 声も
もう 追いつけない
本棚の 陰に 座ると
光の 中を 埃が 舞う
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る
山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
逃げこんだ 本の 森でも
誰かが 泣いている
細く 途切れる 声が
棚の 向こうから 届く
すきまに 見えた 背中が
小さく 肩を 震わせる
わたしの ためじゃない 涙に
握りしめた 手が ほどける
逃げた 先にも
誰かの 長い 午後が あった
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る
山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
抜け道の ない 道で
あの子も わたしも 泣いている
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る
山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
涙の あとを 袖で 拭いて
来た 廊下を 戻る
前の 扉を この手で 開ける
集まる 視線の 中を 歩く
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る
山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
くしゃくしゃの 紙を ひらいて
同じ 夢を もう一度 指で なぞる